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[農家の特報班]有機栽培のイネカメムシ被害 対策はないのか?(動画あり)

更新日: 2025/11/05
2025年8月31日付日本農業新聞公開

 「化学農薬を使わずに栽培している水田に、イネカメムシが多発している。なすすべがない」。日本農業新聞「農家の特報班」に、埼玉県の農家から悲痛な声が届いた。薬剤防除ですら発生密度を抑えるのが難しいこともある中、化学農薬を使わない水稲の有機栽培などの現場で今、何が起きているのか。記者が探った。
 記者が取材したのは有機農業の先進地である埼玉県小川町の稲作農家、金子宗郎さん(53)。町内で50年以上、化学農薬を使わない米作りを続けてきた霜里農場の2代目で、現在は水稲2ヘクタールを栽培する。

化学農薬を使わない金子さんの圃場。複数の稲穂にイネカメムシが付いていた(埼玉県小川町で)

昨年は、収穫量が例年の半分に

 「今月中旬から毎日、イネカメムシを水田で見るようになった。昨年より多く、収穫量が心配」と話す。
 出穂したばかりの田に案内してもらい、数歩足を踏み入れると、すぐに同害虫を見つけた。周囲を見渡すと複数の穂に付いている。
 金子さんによると被害は昨年から。「月の光」は例年10アール当たり約420キロ収穫できていたが、昨年は200キロ程度に半減。「不稔(ふねん)だけでなく、斑点米もこれまでになく多かった」という。
 一部取引先への販売数量を減らさざるを得ない状況になり、「こんな被害が続くようでは、この先どうなるか」と不安を抱えている

今年も各地で相次ぎ発生しているイネカメムシ(埼玉県小川町で)

田植えを早めてみたが発生増

 今年は田植えの時期を早める対策を試してみたが、変わらず同害虫の発生量は増える一方だ。「有効な防除手段がなく、このままでは栽培を続けるのが難しい」と話す。
 町内で金子さんと同様に化学農薬を使わない水稲農家や有機栽培の農家からも同害虫の被害が「多発している」との声が上がる。
 政府は「みどりの食料システム戦略」を掲げ、有機農業の拡大を推進している。金子さんは「化学農薬を使わない圃場(ほじょう)でも防除できる技術の開発を早急に進めてほしい」と訴える。
 同じ町内で、定期的に薬剤防除をしている慣行栽培だと、同害虫の被害状況はどうなのか。水稲13ヘクタールを栽培する岡部正直さん(67)に取材すると「圃場の中で見かけるが、目立った被害は出ていない」とのことだった。岡部さんの地区では、農薬飛散を避けるため緩衝地帯を設けながら、無人ヘリで一斉防除している。
 岡部さんは「農薬を使えないと大変だろう。こちらで防除を徹底し、地域内のイネカメムシの総数を減らせば、被害は減るかもしれない」と協力の姿勢を見せる。

早期出穂の水田を「おとり」に一網打尽

 記者は同町だけでなく、化学農薬を使わない水稲産地で、同害虫の被害状況と、対策を取材。「おとり圃場作戦」という耳慣れない名称に出くわした。作戦を展開しているのは、兵庫県。詳しい内容を取材した。
 「イネカメムシは約5年前から発生し、化学農薬を使わない水田で壊滅的な被害が出た地域もあった」。兵庫県病害虫防除所の担当者は記者の取材にそう明かした。
 事態を重く受け止めた県が現在、試験しているのが「おとり圃場作戦」だ。
 早生品種に被害が集中したことから植え付け時期を調整し、地域内で最も早く出穂する水田を用意。同害虫が飛来してきたら薬剤で防除し、一網打尽にして総数を減らす試みだ。

 現在は慣行栽培の水田地帯で試験中。同防除所は、農薬飛散対策なども念頭に置き、「化学農薬を使わない栽培法を取る地域でも運用できるように研究していく」(同担当者)方針だ。

被害傾向の把握難しい実態

 取材を進めると、同害虫の被害傾向をつかむのが難しい実態も見えてきた。
 複数の県に取材したところ、病害虫発生予察注意報などを公表する際、根拠となる発生動向を調べる水田は慣行栽培しかなく、化学農薬を使わない水田は含まれていなかった。
 「注意報などの判断は、大多数の農家が取り組んでいる慣行栽培での調査を基準にしている」(西日本の県病害虫防除所担当者)という。化学農薬を使わない水田での被害は、現場からの報告で把握しているのが実態だ。 
 無化学農薬栽培や有機栽培で、同害虫に対し、どのような対策を講じることができるのか。農研機構に問い合わせると、有機JAS認証を取得している農家が使える農薬のうち、同害虫向けのものは「確立されていない」(研究推進部)とのことだった。
 「同害虫の対策技術は不十分で、今後検討していく必要がある」(同)としている。

 一方、農研機構から「イネカメムシの卵に寄生する蜂とハエがいるという研究論文がある」との情報を得た。記者は現在、この論文について取材中。内容が確認でき次第、詳報する。

(高内杏奈)

<ことば> イネカメムシ

 斑点米カメムシ類の一種で、近年発生が拡大している。成虫は茶褐色で体長1センチ程度と大型。成虫で越冬する。穂を吸汁して斑点米や不稔を引き起こし、品質低下や収穫量減少を招く。


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